ご挨拶
こんにちは。
くしやは、昭和41年5月に私の父が和生菓子・笹団子の卸製造業として創業いたしました。
平成21年に父が他界した後は、主人とともに「くしや」の名を受け継ぎ、笹団子専門店として営業しています。
笹団子は近年、健康食品としても注目されています。
当店では、自然豊かな素材を活かし、無添加にこだわりながら、安全で品質の良い商品づくりに努めております。
使用している笹とよもぎは新潟県北産、餡には北海道十勝産の小豆を使用。
また、ちまきには、もち米の最高級品種ブランドである「こがねもち」を使用しています。
住宅地の中でひっそりと営む小さなお店ではございますが、製造から販売まで心を込めて行っています。
地元のお客様をはじめ、全国各地よりご注文をいただき、日々感謝の気持ちを胸に、新潟名物「笹だんご」を新潟の伝統を大切に守りながら、自信と責任を持って皆様へお届けしてまいります。
店主 五十嵐佳代子
店舗案内

[店舗名]
くしや製菓舗
[代表]
五十嵐佳代子
[住所]
〒9570017 新発田市新富町2-4-3
TEL0254-24-2610
FAX0254-24-7939
[営業時間]
8:00~18:00
[定休日]
日曜日(御注文があれば対応させて頂きます)
くしや製菓舗のある新発田のご紹介

新発田について
新発田市は越後平野の北部に位置する県都新潟市に隣接する新潟県北部の人口約10万人の中核都市です。 市北西部には白砂青松と形容される美しい海岸が広がり、南東部の山岳地帯には豊かな自然景観に恵まれた磐梯朝日国立公園、胎内ニ王子県立自然公園があります。
また、かつて東洋一といわれた堤桜を有する加治川の水系によって潤う肥沃な土地が広がっており、県内有数の良質米コシヒカリの産地でもあります。 新発田城などの文化遺産をまちの随所にとどめ、全国的にも有名な月岡温泉もあり、山から海までの豊かな自然など多くの地域資源に恵まれた都市です。

新発田の歴史
新発田市は江戸時代に新発田藩10万石の城下町として栄えた歴史ある街です。 藩政時代に歴代の新発田藩主が茶道に力を入れたことから、和菓子文化が栄えたと言われています。 明治時代に入ると、近郷の地主や商家の人々が冠婚葬祭に欠かせないものとして取り入れたことで、和菓子の伝統は民間にも広がり、発展していきました。
また、新発田とその近郊は、江戸時代から越後の穀倉地帯として豊かな農産物に恵まれ、菓子作りに必要な良質な材料がそろっていました。 こうした、社会条件や自然条件をもとに、新発田の和菓子の伝統は作り上げられてきました。 新発田地域の笹だんごは伝統の結び方です。真ん中を通さない新発田巻は、城下町新発田の藩主が切腹を嫌った想いを受け継いでいると言われています。
新発田市の観光について

新発田城 新発田市のシンボル
新発田城(しばたじょう)は、現在の新潟県新発田市(越後国蒲原郡)にあった日本の城。 別名、菖蒲城(あやめじょう)。新発田藩の藩庁が置かれていた。 現在も城郭跡地の大部分が陸上自衛隊の新発田駐屯地となっているため、三階櫓に行けないなど、新発田城の観光地化の支障となっている。
しかしその反面、ここを訪れる観光客の中では、城と重なる駐屯地の光景を見て、「戦国自衛隊のようである」と感想を漏らす人々が非常に多い。 かつては浮船城、狐の尾引き城、あやめ城と呼ばれていた新発田城であるが、近年では戦国自衛隊の城という愛称で呼ばれることが増えてきている。

清水園
清水園(しみずえん)は、新潟県新発田市にある日本庭園。江戸時代に新発田藩により造られた。 近江八景を取り入れた回遊式庭園で、中央には草書体の「水」の字をかたどった池が配置されており、池の周囲には五つの茶室が点在する。 また園内には「清水谷御殿」と呼ばれた簡素な数寄屋造りの書院がある。これは庭園より古くから存在する。
2003年に「旧新発田藩下屋敷(清水谷御殿)庭園および五十公野御茶屋庭園」の名称で、国の名勝に指定された。

アヤメ 新発田市の花
新発田市の五十公野公園にある「あやめ園」は面積1.8ヘクタールの敷地に300品種 60万本のあやめ(花菖蒲)が咲き競います。
